ルーツ或いは祖父の話

夏季休暇中、自分の記録として綴っているシリーズ第4話。

昨日の前話で私のルーツ探しの推理は前回で終わったように思えたが。

自分なりに母方の祖父が生活し叔母が誕生した場所の推理が完結し、すっかり名探偵気分になった翌日のことである。

その日はやっかいな仕事があった。

前に書いたように私が推理した川俣町小島蛇塚山のすぐ近くで当社が施工するトンネル工事で、問題が生じていた。

突き詰めると当社に責任はないのだが、現場から離れたところにある2つの地区の揉め事に巻き込まれたような形で当社にクレームが入った。詳しくは書けないが、実際にはその2つの地区が話し合って解決すべきことなのだが、昔から不仲な関係だったこともあって直接交流がなく、おかしな話だが当社が間に入って揉め事を解決しないと工事に支障が出ることになりそうであった。

私ともう一人の関係者が仲介する形で、その晩に両地区の直接対面がされることになっていた。

遅刻するとまずいので、うかがう先の集落の場所を事前にカーナビで調べておこうと思った。

私の車のカーナビは古いもので、住所で検索するのに手間かかる。

福島市町という町名まで検索すると、以降の地名はあからずっと下にスクロールしなければならない。

地区名が結構たくさんあって一件一件探すのだが、スピードが速すぎたのか目的地を見落として次の町名にいってしまい、今度はゆっくりと上にスクロールしながら目的の部落名を探す。

するとこの文字が目に入った。

町蛇塚

あれ。

蛇塚。

昨日まで必死に追いかけた地名である。

そうか、福島市だから伊達にひっかからなかったんだ。

ん??だけど、昭和12年頃だとすると??

ピンとひらめいてすぐに車中でパソコンを取り出して検索する。

やはり。

今は合併して福島市町。

だから伊達という文字は入っていないため、インターネット検索で立子山蛇塚はヒットしなかった。

しかし、合併前、昭和30年以前は伊達郡T村。つまり昭和11年は伊達であり、その中の蛇塚なのだ!

叔母のヒント伊達蛇塚と一致するではないか。

ざわざわっ、と背筋が凍るような感覚を覚えた。

さらにネットで位置関係を調べる。

昨日までの推理である川俣町からだと、祖父が担当していたダム工事現場までは直線距離で10キロ以上ある。

よく考えてみれば、当時自動車は今のように何台もあったはずはない。難工事の作業をするのにそんなに遠い場所から通うだろうか。移動があまりに大変である。

これは昨日の推理の盲点であった。

で、たった今見つかったT町蛇塚は、現場から本当に間近であった。

川の工事箇所のすぐ隣である。

参考以下地図が蛇塚の位置で、すぐ東側に祖父が建設に関わった蓬莱発電所の文字がある

私は前日の推理で完璧に分かった気になっていたが、先祖がおいおい、お前の推理は間違っているぞというヒントをカーナビを使って提示してくれたのではないかと真面目に思った。

そうとしか思えない。

前日完璧と思った推理よりも、こっちの立子山のほうが現場側からするとずっとリアルなのだ。

うーむ。

夕刻、問題の仕事で目的の集落に向かう前に、ちょっと時間があったので蛇塚に向かってみた。

こちらも山の中であるが、川俣の蛇塚山に較べて住んでいる家も多く、道路もしっかりしている。

土地も広いのでこちらだと工事関係者用の宿舎も設置出来そうだ。

車中からうろうろ見ていて、ある看板に文字を見つけ、私はまたぞっとした。

村上

この地域には唯一の史跡として村上薬師堂という、後醍醐天皇の皇子を奉ったお堂があり、その説明看板である。

この場所で生まれたかもしれない叔母、つまり伊達の蛇塚というヒントを投げかけた叔母は、成人して横浜に嫁に行くのだが、その嫁ぎ先は村上家である。

叔母の生まれたとおぼしき場所に、将来の嫁ぎ先を暗示する史跡が構えているのだ。

偶然にしてはあまりにも見事な一致である。

昨日の説は一転して覆った。

今度はさらに強い確信である。絶対ここだ!

次回ラストにつづく。